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[C154] わかります

私は病院で母を看取ったけど、全く同じ気持ちです。
本当に母のためだったのか、自分のためだったのか・・・
もっと快適にしてあげられなかったのか・・・
時々思い出して、なんともいえない叫びたいような辛い気持ちになります。

どうやっても後悔は残るのかな・・・
でも、天国できっとニッコリ私たちを見てくれているって信じたいよね。
  • 2010-03-01 21:53
  • URL
  • 編集

[C155] t さん

私も叫びたいような辛い気持ちになります。
まだ情緒不安定なのか突然涙が出てどうしようもない気持ちになって。。

私の母も天国でニッコリ笑ってくれているでしょうか・・・
そうだと嬉しいな。

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最後の場所

最後の場所・・・
人はみんな最後は死にます。それに例外はなくみんなどこかで亡くなるのです。

末期がんの患者の最後の場所は大きくわけて3つだと思います。

ひとつ目は病院。 これが一番多いのでしょうか?
ふたつ目は入所型ホスピス。 
みっつ目が自宅。 私の母はこれを選択しました。

母は病院が大嫌いでしたので最後は自宅でと私はずっと思っていました。
母自身は病院はいやだけど私に迷惑をかけるから入所型のホスピスにいれてくれていいとずっと言っていました。
でも在宅ホスピスというものがあるのだから最後まで家で過ごすこともそう難しいことではないのではないかという私の安易な考えもあり、何より最後まで自宅で過ごしたいというのが母の本心であることもわかっていたので在宅ホスピスで最後まで自宅でと選択しました。

ただ私が思っていたよりもずっと大変でした。

まず介護する私の睡眠時間はほとんどないということ。

母の調子が悪い時は寝られるわけもないので少しでも母の調子の良い時間を見つけて睡眠をとっていましたが、本来ならば母の調子の良い時に少しでも話し相手になって母の心のケアをしてあげるべきだったと思います。
もうすぐ死ぬということがわかっていながら毎日過ごすのは尋常じゃない不安と恐怖に襲われる日々だったと思います。
そんな当たり前のことも日々の睡眠不足でふらふらの私には思いつかなかった。もしかしたらわかっていたのかもしれない。でも睡眠を確保するために他にどうしようもなかったのです。

もしもホスピスなどで介護を他の人に任せられたなら、もっと精神的な面で母のサポートに全力が注げたかもしれません。
自宅で過ごすことだけに私が変にこだわりすぎた結果、中途半端なことになってしまったのかもしれません。

ヘルパーさんを頼んでいましたが、1日4時間とか長い時間は月に1度くらいならかまわないが毎日はできないとケアマネさんに言われました。
長時間を毎日お願いすると介護保険でなくお手伝いさんを雇ってくださいと言われてしまうこともあるのでと。。

最後の方は毎日1時間来てもらっていましたが1時間で寝られるわけがなく、毎日同じヘルパーさんが来るわけでもないので水道の場所やタオル、いろんなことを説明していたら結局ゆっくり休めませんでした。


他にも在宅ホスピスならではということがありました。
それは私が母の薬を管理をするということ。
この管理とは飲み薬もそうですが点滴も私が管理するのです。
点滴をしている間ずっと看護師さんがついていてくれるわけではありません。
点滴を止め針を外すのは私の仕事です。
でもこれはまだいいのです。物理的な仕事ですから。
では、何が大変って…大変というか辛いというか。。

最後の方は頭が混乱して興奮したりすることがよくありました。
興奮したままでいることは体力も消耗するし、母本人もしんどいことだと先生に言われ、24時間つけっぱなしの痛みどめの点滴から分岐している睡眠作用の強い点滴の方に切り替えて点滴を落とすのも私の仕事でした。

母が目をあけていられる時間は限られているとわかっているのに眠らせなければいけないことが辛くて辛くて仕方なかったです。
これは本当に悩んで看護師の親友に電話で相談しては「お母さんのためには眠らせてあげるのが1番」という親友の言葉を信じてやっていましたが、最後まで、今でも本当にそれが母のためだったのかとわからないでいます。

興奮して何かを叫んでいるけど、ろれつが回らず何を言っているのか理解できずそのまま眠らせるのです。

本当は興奮しているのではなく、何か伝えたいことがあるのにろれつが回らない為に伝えられずいらいらして叫ぶような言い方になってしまっているだけなのに、私たちが興奮していると勝手に判断して無理やり眠らせるようなことをしているのではないかと何度も考えましたが先生やその親友に「いや、やっぱり混乱して興奮してるだけやと思う」と言われ。。

医療関係者の方は経験で判断できるのかもしれません。
でも私は素人ですし、何より大多数の患者さんが混乱状態に陥るからと言って必ず母もそうだとなぜ言えるのかと思ってしまう気持ちもありました。
母は私に何か伝えたいことがあったのかもしれない。
そう思いましたが、どんなにがんばって聞こうとしてもわかってあげられなくて眠らせるしかありませんでした。
今でも思い出すとどうにもできない気持ちがあふれだしてしまいます。
これを書くにも平常心ではいられず、情けないけれどいい歳して泣きながらでないとこのブログも書けません。

こんなことを書くと在宅ホスピスは良くない選択のように思われるかもしれませんが、もちろん良かった面もたくさんあります。

住み慣れた家にずっといられたこと。
食べ慣れた家のご飯が食べられたこと。
最後食べられなくなった時も、自宅であるがゆえいろんな食べ物を試して用意してあげられたこと。
私がずっとそばにいてあげられたこと。
母が亡くなった後に看護師さんと一緒に体を拭いてあげたり服を着せかえてあげたり、化粧をしてあげられたこと。

きっと病院を選んでもホスピスを選んでもそれぞれに長所短所があって、本当にこれでよかったのかと思うのかもしれません。
今更、後悔してもどうにもなりません。
でもどうにもならないからといって忘れさることもできずにいます。
難しいですね。



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[C154] わかります

私は病院で母を看取ったけど、全く同じ気持ちです。
本当に母のためだったのか、自分のためだったのか・・・
もっと快適にしてあげられなかったのか・・・
時々思い出して、なんともいえない叫びたいような辛い気持ちになります。

どうやっても後悔は残るのかな・・・
でも、天国できっとニッコリ私たちを見てくれているって信じたいよね。
  • 2010-03-01 21:53
  • URL
  • 編集

[C155] t さん

私も叫びたいような辛い気持ちになります。
まだ情緒不安定なのか突然涙が出てどうしようもない気持ちになって。。

私の母も天国でニッコリ笑ってくれているでしょうか・・・
そうだと嬉しいな。

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