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年が明けてから・・・

年が明けてから母の調子が急降下しました。
12月31日までは手を貸せば自分でトイレに行けたのに年が明けてからは抱きかかえるようにしてトイレに行く状態。しかも一度ですんなり行けることはなく途中で座り込んでしまったり、ぺたっとうつぶせに倒れこんでしまったり。。
そして1月2日の昼ごろからろれつがまわらなくなりました。

1月4日の看護師さんの今年初の訪問の時に今の状態では危険すぎるのでトイレに行くのはやめてベッドでおしめにと判断され、母にはかわいそうだけど強制的におしめになりました。

ずっとどんなにしんどくてもトイレに行くことにこだわっていたので、そのせいもあってトイレに行きたくなると譫妄がはじまり興奮してしまいます。

3日の夜も夜中に何度も
「トイレに行きたい!行きたい! 早くっ早くっ早く!!」
と興奮してベッドからどうにかして起き上がろうとするので私が握手をするような格好で押さえ話しかけ続けましたが結局朝まで母と私の攻防は続き一睡もできませんでした。

4日の夜はその分、疲れたのか夜中の3時に一度首が痛いと起きましたがマッサージをしてあげるとすぐに寝て朝の8時半までぐっすりでした。
5日の昼は正気が戻って、なぜかろれつが回らなかったのに普通に聞き取れる話し方が出来、私と普通に会話ができました。
「千にばかり負担かけてごめんね。ごめんね。」
と謝ってばかりでしたが。。

担当の先生が「波がある中で娘さんと会話ができる機会を(神様が)与えてくれはったんやろうね」と。。

でも5日の夜中から明け方までまた譫妄がひどくなり、また寝られない。。
次の日(6日)はヘルパーさんが3時に帰り私が遅い昼食を食べ終えた後すぐからまた興奮しはじめ、普段は夜は譫妄が激しくても昼間は正気なことが多いのに2時間以上たっても治まらないので、看護師さんに電話をしたところ当直の先生が来てくれることになりました。

しかし、母がかかっている在宅ホスピスの診療所は2人の医師が全ての患者さんを診て当直までしているので、すごく忙しくすぐに対応できないこともあり、看護師さんに17時30分に電話をしましたが当直の先生から連絡があったのは19時前、そして家に着いたのが20時前でした。

先生の到着する少し前、4時間にも及ぶ母でない母との攻防に私が耐えられず、声をあげて泣いてしまったんです。
「わぁーっ!!お母さんごめんね。トイレには連れて行ってあげれへんねん」
と。。

すると、びっくりしたのか暴れていた母の動きが止まったんです。そして少ししてベッドの横で泣いている私の頭を頑張って手を伸ばしてなでてくれました。
「・・・ごめんね。」
とろれつがまわらないのでもごもご言いながらも”ごめんね”と言って頭をなでてくれました。

先生が到着した時には母はおとなしくなり正気に戻っていましたが、先生が暴れて疲れただろうし今夜ぐっすり寝られるようにと筋肉注射で落ち着く薬を注射してくださいました。
この時
「遠いところありがとうございました」
と母が先生に頑張って言っていたので完全に正気に戻っていたと思います。

ですが、先生が帰ってすぐ母は眠りに入りましたが夜中0時半にまた起きて興奮し始めたのです。
「夜中もしもまた興奮するようなことがあれば連絡ください」と先生に言われていたので電話をしたところ
「リスパダールを4mg与えてみて30分しても治まらなかったらまた連絡ください」
と指示されたのでその通りにしましたが一向に治まる気配がないので先生にまた電話をしたら夜中の2時に先生がきてくださりました。
今度は母が眠るまで点滴をして落ち着かせてくれました。

「本来なら8時の筋肉注射で朝まで寝られるはずが夜中に起き、しかも健康な人ならリスパダール2mgで朝までぐっすり寝られるのに4mgでも全然興奮が治まらない。
ここまで薬が効かず意識が混乱している状態は非常に危ない状態で早ければ2,3日、1~2週間といったところかもしれません。御兄弟や会わせたい人がいれば会わせてあげてください」

そう言われました。

「桜は見れないと思います」
そうドラマの台詞のような言葉を通院していた担当医から言われていたので覚悟はしていましたが、こんなに早く危険な状態になるとは思っていなくて、しかもついこの前まで普通に話せて、介助があれば自分で歩けていただけに動揺して泣いてばかりです。
母はまだちゃんと生きてくれているのに私が泣いてばかりいてはいけないのはわかっているのですがふとした瞬間に泣いてしまいます。
母の前では泣くまいと頑張ってはいますが涙が出てきてしまいます。

でもこんなのではいけませんね。
がんばります。
少しでも母が回復するように、床ずれなどで母が苦しまないように頑張ります。

頑張ります!!

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脳転移の症状

脳転移の症状、、今まで嘔吐や頭痛、ふらつきのことをよく書いていましたが他にも症状が出ています。

まずは放射線治療の副作用なのか脳転移の症状なのかわかりませんが”物忘れ”。
そんなに頻繁というわけではありませんが同じことを何度も聞かれたりします。

あと、歩いている時にがくがくっと軽い痙攣のようなものが起き全く足が前に出ず動けなくなることがあります。前はまれだったのに最近は1日に1回は起きるようになってしまいました。
これはしばらく寄りかかって休憩すると大抵治りますがひどい時は支えられていても立っていられなくなり座り込んでしまいます。

あと、、譫妄(せんもう)。これは脳転移のせいか終末期の症状なのかわかりません。両方関係あるのかもしれません。

譫妄の詳しい説明はリンクで省略させてください。
譫妄の説明←クリック

痴呆に似た症状が出ますが痴呆のように徐々に…ではなく、ある日突然発症します。
いるはずのない第3者がいるように話をする症状もよくあることのようです。

「お兄ちゃんの友達が持ってきてくれた服は今着ないといけないの?今しんどいから後でいいかなぁ?」
とか(もちろん兄もその場にいないし、兄の友達なんて家に来たことありません)

「さっき頭の薬持ってきた人はどこ行ったん?」
とか(その日は先生も看護師さんも誰も来ていません)

夜、寝始めてしばらくするとおもむろに起きて上のようなことを話すので最初は寝ボケているのだと思っていたのですが、それが毎日のように続くし、いないはずの第3者の存在が気持ち悪く思えて友達(看護師)に相談したら脳にある腫瘍のせいだろうと教えてもらいました。

緩和ケアで来ていただいている看護師さんに相談したところ、

「今は寝ボケているのかなくらいの程度ですんでいるならいいけど、ひどくなって動き始めたり暴力をふるい出したら夜中でも電話してきてください。朝まで一人で対応するのはしんどすぎるから。」

と言われました。

「でも一人で歩けないし大丈夫だと思います」って言ったところ

「それがね、上がらない腕が突然上がったり、一人で歩けないおばあちゃんが”お財布がない”って言いながらふらふらと一人で歩いて家中お財布を捜しまわったりすること起きたりするのよ。普段出せない力がなぜか出せてしまうみたい」
と教えていただきました。
そんなふうになってしまうのでしょうか。。

あと、感情失禁というのもよくある症状の一つのようです。
母も毎日泣いています。

脳というのは身体的能力も感情も、人間が生きる全てをコントロールする器官なのですね。症状も様々のようです。




ホットパックの作り方

毎日寒いですねぇ。

今日はホットパックの作り方です。
うちは温熱療法に家庭用の温熱機を奮発して買ったのですが、せっかく高いお金を払って買ったにも関わらずホットパックを使うことが多いです。
そんな便利なホットパックの作り方。

<<用意するもの>>
・タオル 2枚
・ビニール袋

<<作り方>>
 タオル1枚を水に濡らして絞る
 ビニール袋にのタオルを入れて電子レンジ500Wで2分温める(この時ビニール袋の口は開けておく)    
 温まったタオルはとっても熱いので直接持たず乾いたタオルでとる

乾いたタオルでつかんで激熱タオル入り袋を服の上からあててリンパマッサージをすると流れがよくなります。
肩こりにはこの激熱タオル入り袋を乾いたタオルでくるんで直接肩にあてます。

寒い日が続きますが体をあっためて血のめぐりを良くしましょう!

介護認定

介護認定おりました。
要介護5です。

要支援1,2、要介護1~5の中で一番重い要介護5です。
完全寝たきりじゃなくても5の認定がおりるんですね。

脳にある腫瘍のせいでふらつきがあるのですが、歩いていて突然膝が笑い足が動かなくなることがあります。
今まではそのまましばらくじっとしていると、また歩けたりしていたのですが、今日、いつものように膝ががくがくとなった後、私が体を支えていたのですがそれでも無理で、ぺちゃっと床に座り込んでしまいました。
さすがに母も不安を覚えたらしく「オムツしといた方がいいな・・・」と。

急いでケアマネさんに電話して相談したところ「試供品があるので持っていきます。」と夕方持ってきてくれました。
まだオムツはしていませんが尿とりパッドはつけました。

今日はずっと調子が悪くて一日中嘔吐するしパニック障害が出て息苦しくなるし・・・
先生の言うとおりこのままでは精神的な面からも悪くなっていく気がします。

年末年始は自宅で過ごしますが年があけたら考えないといけませんね。

昨日の昼に久しぶりに4時間寝られたのですが(私が)、3時間以上まとまった睡眠がとれたのが半年ぶりくらいなのに気付きました。
いつも1時間ほど寝て、起きて、また1時間ほど寝て、起きての繰り返しをしていて昼間に仮眠が取れたとしても2時間ほどだったので本当に久しぶりの4時間睡眠。
このままじゃ共倒れになっちゃいますよね。。

やはり1週間でも入院してもらった方がいいのかもしれません。
でも一旦入院して1週間で退院できるのかなぁと不安にも。。
たぶん私よりも母の方がその不安は大きいと思うのでそう思うと辛い選択になります。


グリセレブ

グリセオールのジェネリックであるグリセレブの点滴を試みましたが結果は先の2つと同じ、嘔吐と頭痛で1度で終わりました。
病院に入院していた時はグリセオールがとってもよく効いていたのに、、なぜダメなんでしょう。。

今回の自宅点滴で初めて点滴の針を抜きました。
これからは長時間の点滴で看護師さんが帰った後に点滴が終わったとしても点滴の針を自分たちで抜けるように、看護師さんに点滴の抜き方を教えてもらいました。

なんだか母が病気になってからというもの、すごく雑学が増えていっている気がします。

抗がん剤の関係で毎週点滴をしていたので血管が固くなっている為、点滴もだんだん難しくなってきたしポートを埋め込んだ方がいいのかなぁという話もでてきているので、また点滴を私が抜くことがあるのかわかりませんが抜き方、分別の仕方を教わりました。

脳圧を下げる薬はもうこれ以上はないので諦めるしかないようです。
後はステロイドに頼るのみです。
でもステロイドは効きが良い分、副作用も強いし、、どうしたらいいんでしょうね。。

薬にしても何にしても選択の難しい時期のようです。

MRIを撮ってないのではっきりとはわかりませんが放射線の後遺症だけでなく、おそらく脳転移の癌が消えてない為にこんなにしんどい状況になっているのではないかと先生がおっしゃってました。
歩いていて突然膝が笑い動けなくなり、手をとっている私に抱きつく姿勢でしばらく固まってしまうことが最近は1日に1回は起こるようになりました。
多い日は2,3回起きることもあります。

トイレに行くときにこれが起きることが多く、トイレに行きたいのに動けないというしんどい状況。
おそらく原因は脳転移のせいだろうと言われている夜間頻尿のせいで睡眠もままならないので先生から「保険代わりにオムツっていう手もあるけど?」と打診されています。

でもそこはとってもデリケートな問題で、意識もちゃんとしているしまだそこまで歳をとっているわけではない母がオムツをつけることはとってもとっても辛い選択になるわけです。
がんばってトイレにいけるのであればがんばって行きたいと母だって思っているはずです。
でもトイレの失敗っていうのもきっと起こったらすごく傷つくことだと思います・・・

どの時点でオムツの選択をするべきなんでしょうね。
トイレで失敗してからだとすごく傷ついたままオムツに移ってしまうだろうし、だったら保険代わりに念のため下着代わりに付けておこうくらいで始めた方がいいのでしょうか。。

先生がおっしゃった時に母が
「オムツつけようか・・・」
と悲しそうにつぶやいていたけど・・・
でも一体いつから「じゃぁ、お母さんオムツ付けようっか」って言えるのでしょう?

他にも母のいない時に先生に母が私に依存しすぎていることで元気になろうという気持ちが向上していないから1週間でも入院なりホスピスに入るなりして一度自宅から離れた方がいいかもしれないと言われました。

私が世話をしすぎているのでしょうか・・・

先生がいうには女性は割りと依存性が強くなる人が多く母が珍しいわけではないそうです。

「自宅にいる方が良い方向に向かうならと思っていましたが今は決して良い方向に進んでないし、このままじゃお母さんは元気にならないと思う。それに娘さんも寝ないと倒れてしまうし、今の状況がいいとは思わないな」
と。。

どうしたらいいんでしょうね。考えても考えてもよくわかりません。
とりあえずお正月は自宅でゆっくり過ごしたいと思っていますが年が明けたらいろいろと考えないいけません。

難しいです。。



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