Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

最後の場所

最後の場所・・・
人はみんな最後は死にます。それに例外はなくみんなどこかで亡くなるのです。

末期がんの患者の最後の場所は大きくわけて3つだと思います。

ひとつ目は病院。 これが一番多いのでしょうか?
ふたつ目は入所型ホスピス。 
みっつ目が自宅。 私の母はこれを選択しました。

母は病院が大嫌いでしたので最後は自宅でと私はずっと思っていました。
母自身は病院はいやだけど私に迷惑をかけるから入所型のホスピスにいれてくれていいとずっと言っていました。
でも在宅ホスピスというものがあるのだから最後まで家で過ごすこともそう難しいことではないのではないかという私の安易な考えもあり、何より最後まで自宅で過ごしたいというのが母の本心であることもわかっていたので在宅ホスピスで最後まで自宅でと選択しました。

ただ私が思っていたよりもずっと大変でした。

まず介護する私の睡眠時間はほとんどないということ。

母の調子が悪い時は寝られるわけもないので少しでも母の調子の良い時間を見つけて睡眠をとっていましたが、本来ならば母の調子の良い時に少しでも話し相手になって母の心のケアをしてあげるべきだったと思います。
もうすぐ死ぬということがわかっていながら毎日過ごすのは尋常じゃない不安と恐怖に襲われる日々だったと思います。
そんな当たり前のことも日々の睡眠不足でふらふらの私には思いつかなかった。もしかしたらわかっていたのかもしれない。でも睡眠を確保するために他にどうしようもなかったのです。

もしもホスピスなどで介護を他の人に任せられたなら、もっと精神的な面で母のサポートに全力が注げたかもしれません。
自宅で過ごすことだけに私が変にこだわりすぎた結果、中途半端なことになってしまったのかもしれません。

ヘルパーさんを頼んでいましたが、1日4時間とか長い時間は月に1度くらいならかまわないが毎日はできないとケアマネさんに言われました。
長時間を毎日お願いすると介護保険でなくお手伝いさんを雇ってくださいと言われてしまうこともあるのでと。。

最後の方は毎日1時間来てもらっていましたが1時間で寝られるわけがなく、毎日同じヘルパーさんが来るわけでもないので水道の場所やタオル、いろんなことを説明していたら結局ゆっくり休めませんでした。


他にも在宅ホスピスならではということがありました。
それは私が母の薬を管理をするということ。
この管理とは飲み薬もそうですが点滴も私が管理するのです。
点滴をしている間ずっと看護師さんがついていてくれるわけではありません。
点滴を止め針を外すのは私の仕事です。
でもこれはまだいいのです。物理的な仕事ですから。
では、何が大変って…大変というか辛いというか。。

最後の方は頭が混乱して興奮したりすることがよくありました。
興奮したままでいることは体力も消耗するし、母本人もしんどいことだと先生に言われ、24時間つけっぱなしの痛みどめの点滴から分岐している睡眠作用の強い点滴の方に切り替えて点滴を落とすのも私の仕事でした。

母が目をあけていられる時間は限られているとわかっているのに眠らせなければいけないことが辛くて辛くて仕方なかったです。
これは本当に悩んで看護師の親友に電話で相談しては「お母さんのためには眠らせてあげるのが1番」という親友の言葉を信じてやっていましたが、最後まで、今でも本当にそれが母のためだったのかとわからないでいます。

興奮して何かを叫んでいるけど、ろれつが回らず何を言っているのか理解できずそのまま眠らせるのです。

本当は興奮しているのではなく、何か伝えたいことがあるのにろれつが回らない為に伝えられずいらいらして叫ぶような言い方になってしまっているだけなのに、私たちが興奮していると勝手に判断して無理やり眠らせるようなことをしているのではないかと何度も考えましたが先生やその親友に「いや、やっぱり混乱して興奮してるだけやと思う」と言われ。。

医療関係者の方は経験で判断できるのかもしれません。
でも私は素人ですし、何より大多数の患者さんが混乱状態に陥るからと言って必ず母もそうだとなぜ言えるのかと思ってしまう気持ちもありました。
母は私に何か伝えたいことがあったのかもしれない。
そう思いましたが、どんなにがんばって聞こうとしてもわかってあげられなくて眠らせるしかありませんでした。
今でも思い出すとどうにもできない気持ちがあふれだしてしまいます。
これを書くにも平常心ではいられず、情けないけれどいい歳して泣きながらでないとこのブログも書けません。

こんなことを書くと在宅ホスピスは良くない選択のように思われるかもしれませんが、もちろん良かった面もたくさんあります。

住み慣れた家にずっといられたこと。
食べ慣れた家のご飯が食べられたこと。
最後食べられなくなった時も、自宅であるがゆえいろんな食べ物を試して用意してあげられたこと。
私がずっとそばにいてあげられたこと。
母が亡くなった後に看護師さんと一緒に体を拭いてあげたり服を着せかえてあげたり、化粧をしてあげられたこと。

きっと病院を選んでもホスピスを選んでもそれぞれに長所短所があって、本当にこれでよかったのかと思うのかもしれません。
今更、後悔してもどうにもなりません。
でもどうにもならないからといって忘れさることもできずにいます。
難しいですね。



スポンサーサイト

ご報告

昨晩、母が永眠いたしました。

最後まで家で過ごすことが出来ました。

本来なら先日のブログにくださった沢山のコメントにまず返事をしなければいけないのですが、どうかご了承ください。
まだ、頭の整理が出来ずこれ以上のことは今日は書けませんが、まずはみなさまにご報告をと思いブログをアップいたしました。

ありがとうございました。

今年もクリスマスプレゼントが届きました

CIMG5135.jpg


ドイツにいる友達3人から沢山のお菓子とメッセージカード
箱から沢山のお菓子が出てくるとなんかわくわくしますよねっ

クリスマスっぽいサンタさん(ぼろぼろに割れてしまってたけどしずく)のチョコとか私がよく食べてたウエハースチョコとか左下の缶には手作りのクッキーもかおまる

CIMG5140.jpg


私がクッキーを作るとしたら1種類、頑張っても2種類ほどなんですが彼女は毎年沢山の種類を作るんです。
で、それが少しずつ紙にくるまれてたくさん缶に詰められてます。

このクッキーも早速食べたのですがおいしいっ!!
うん、順調に太りそうです(笑)

メッセージカードも温かい内容でほっこりしました。
最近めいることばかりでしたが楽しいプレゼントで元気がでました!
友達ってあったかいですよね。

仕事も2日前に終わらせたし、クリスマスとお正月はゆっくり過ごします。

転倒

母が自宅で転倒し入院しました。
夜中の1時にトイレに行く途中30cmの段差のある玄関に落下し、ガラス戸に頭から突っ込んでしまいました。
いつもは私がトイレまで一緒に行くのですが「調子いいし大丈夫」という母の言葉に安心して一人で行かせてしまいました。

なんであの日に限ってついていかなかったのか、、

突然めまいが襲いふらつき落下。。
ガラス戸は割れ母の頭から流血。半分パニックになりながらも兄と救急車に連絡。かかりつけの病院へ搬送してもらいました。

幸い脳内出血も骨折もなかったのですが頭を強く打ったので念のため入院していました。

怪我としては頭の外傷と右半身を打った打ち身です。

頭の外傷は切れているのではなく、えぐれていたため縫うことが出来ず、張ると皮膚に栄養を与えて身が盛り上がってくるテープのようなものを張ってもらいました。

打ち身に関しては特に何も処置はせず自然治癒を待つことになりました。

母が退院したいと言うので先生にお願いしたところ「傷を見てくれる往診の先生がいるのなら退院の許可を出しましょう」ということだったので近所のクリニックの先生にお願いして往診の約束を取り、3日目に退院させていただきました。

この往診してくださるクリニックの先生は最初に母の乳がんを診てくださった先生でこちらの事情をよくわかってくださっていて「私の往診で退院できるならさっさと退院してきてください」と快く承諾してくださいました。

今は退院して自宅療養です。

なんであの時に限って私はついていかなかったのだろうと後悔してもしきれず落ち込んでいましたが、いつも相談している看護師の友達が「事故はどんなに注意しても起きるときは起きるねんから、これから注意して見てあげたらいいねんからもう気にせんでいい。」と言ってくれて少しもちなおしました。

これからは注意します。



愚痴です

今日母の看護認定を取るためにケアマネージャーの人がうちに来てんけど、プライバシーなんてないくらいいろいろ聞かれたあげく

「もう少し早く(癌を)発見することはできなかったんですか?」

って言われました。
ケアマネージャーを名乗るならこんな心ない発言はやめてほしい。

ケアM 「もう少し早く(癌を)発見することはできなかったんですか?」
私    「しこりがなくて早期発見ができない珍しい乳がんなんです」
ケアM 「私の知り合いでも乳がんの人がいたんだけど、その人は手術して今元気にされてるのよ」
母    「私のは見つかった時には転移もしてて手術ができないと言われたんです」
ケアM 「せめて手術できればよかったのにねぇ」

昨年の夏、病気がわかった時に親戚をはじめたくさんの人に「もう少し早く気付けなかったの?」って何回も言われて、そのたびに傷ついてきたのに今、ホスピスの話がでている今、こんなことを赤の他人に言われたくない。

どうにかできるのならどうにかしたい。でも今更どうすることもできないのに、誰よりも母本人がどうしてもっと早く、なんでこんな病気にってそう思ってるのに初めて会った赤の他人に、しかも私たちを助けてくれるんじゃないの?っていう立場の人のこの心ない発言にほんとにむかついた。

母の前で喧嘩したくないし、その場は流したけど思い出しただけでもむかつく!

悪気はないのかもしれない。今まで傷つくことは他の人にだってたくさん言われた。
でもこの人は素人じゃないわけでしょ?病気にたいしては素人かもしれないけど、それでもケアマネージャーを名乗るなら、看護が必要な人をたくさん見てきているのなら、もう少し考えて言葉を発してほしい。

ストレスが溜まって私が怒りっぽくなってるだけかもしれないけど、でもっ、でもむかついたのーーー
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。